今日は土曜日。一週間お疲れ様です。
私はなんか書きたいなと思いPCに向かっています。
去年行った鹿児島から故郷青森まで車で走った話をしたいと思います。
目的は親友の結婚式に出席する為。
今思えば修行でした。今回は写真が少なく文字ばかりです。
なぜ数ある交通機関から自家用車を選んだのか、、、
時はコロナ真っ盛り(今もですが)非常事態宣言に自粛自粛と言われてた頃でした。
母親に青森に帰ることを伝えたところ、
「結婚式に出たい気持ちは分かるがコロナだ。飛行機とかで移動した時に万が一コロナになったらを考え自粛せよ」
と言われてしまいました。
私は親友の結婚式を非常に楽しみにしていました。
一年間、貯めに貯めた有給をすべてかけるつもりでした。というか事前に8連休で休みを申請してましたw そのくらい楽しみに毎日を過ごしていました。
どうしても行きたい私は次のように考えました。
1・公共交通機関を使わないで帰省すればよいのではないか
(接する人を極限まで減らしたい)
2・仮に車であれば車内に泊るところも確保できる
(実家に入れてくれなかった時の宿にもできる)
3・自分は自家用車を持ってる
結論として、自家用車に食い物、寝袋を搭載すればトイレ、給油以外は外に出ずに青森まで移動できると考えました。これを実行しました。
私は結婚式の日程や帰ってきてからの仕事を考え次の日程を考えました。
鹿児島→(3日)→青森
結婚式(1日)
予備日(1日)
青森→(3日)→鹿児島
この八日間のスケジュールで動くことにしました。
ちなみに親には何も言っていませんw 「とにかく行く」としか言っておりません
出発前日の夜中に食料を買いに行きました(夜中にして蜜を避ける)
ゼリー飲料やカロリーメイト、菓子パン、お茶を何本も購入しました。
片手で飲み食いできるのがいいですね。
ガソリンも満タンにしておきました。
そしていよいよ出発の日、朝7時だった
この為に、この一年間仕事をしてきた。そう考えていると力が湧いてくる。
やってやろうと思いました。車に乗ってナビにルートを入れる
とんでもない距離と到着予想時刻が表示され少しドキドキしてきました。
ただ、俺がアクセルを踏み続ければ青森に帰れるとも改めて感じました。
覚悟を決め家から発進しました。
まずは最寄りの鹿児島空港・溝部ICから高速道路に乗りました。
高速に乗ったとき、これから長い旅が始まると思い武者震いしました。
その後は一人黙々と走り続けます。壮大な帰省です。
その日の午前中には関門海峡を拝めてよかったです。
全然、余裕でした。
これで九州とはさらば。長い長い旅はまだ序章です。
こんな写真しか残っていませんでした。
食事は走りながら助手席に山になってるゼリーを食べてしのいでいました。
トイレ以外は降りることなくストイックに走り続けて大阪付近まで到達しました。
鹿児島から大阪まで無給油で到達しました。燃費が28.5Kmでした
まだメーターでは100㎞ほど走れそうでしたが余裕をもって給油しました。
私のスイフトは1200㏄のNAエンジン、5MTモデルです。クルコン無、、
80㎞/hもトラックの後ろをだらだらついていったおかげで燃費が良かったのかもしれません。
大阪までは比較的余裕でした。
ただし、運転中は本当に暇。地名を見て、「尾道ってここにあるの~」とか「修学旅行で宮島来たな~」みたいな、、、流れる地名を楽しんでいましたw
その後は少し進み途中事故渋滞にはまりPAの駐車場で仮眠を取ったりして朝の4時くらいまで寝てました。
二日目は東京の一緒に結婚式に出る友人宅を目指し一泊してそいつをつれて青森に向かいます。
まあなんやかんやで東京にお昼過ぎに着きました。
友人宅で一泊です。
大阪からの走行で楽しかったのは
1.伊勢湾岸道綺麗すぎ!
2.富士山でかすぎ
3.新東名の120㎞制限楽しすぎ!
でした。
特に新東名の120㎞制限区間は本当に楽しかったです。
道もまっすぐで心置きなく120㎞だせました。スイフト君頑張った
この区間は最高に楽しかったです。
ただ100㎞巡行と20㎞しか違わないのに疲れた記憶があります。
3日目、無事友人を回収し首都高、東北道に向かいました。
(友人には本当に来ると思わなかったといわれました。)
祖母が東京にいるのですが祖母にも顔と車を見せていきました。
東京から青森で感じたこと
1.首都高はやばい(気持ちが強くないと死の危険がある)
2.東北道暇すぎ(比較的見慣れた景色だから)
首都高はやばかったですね。
右から左から車が来て急カーブの連続。死ぬかと思いました。
東京で友達を拾いましたが高速入口がわからず気が付いたら埼玉県に入ってました。
漫画や名前だけは知ってる「首都高C1」にも乗れましたがあそこで300㎞で走るなんてゲームはおかしいと思いましたww
その後は無事に走破しました。
東北道は仙台から長いですね。
横に人が居るので結構楽しく走れました。
ただ、友人がAT限定免許だったのですべて一人で運転しました。
そんなこんなで3日目の夜10時くらいに青森に到着しました。
私の地元は弘前市です。見慣れたこの看板を見たとき友人と歓喜しました。
2000Kmを走破しての感想
1.歓喜(やってやったぞ感)
2.道は本当に繋がってる(時間は掛かれど)
3.トラックの運転手さん凄すぎ(日本の物流はすごい)
4.親の反応が怖え・・・
高速道路は本当に繋がってるんだなとシミジミ思いました。
日本の物流すごい・・って思いました。夜中の高速はトラックだらけでしたがこの人達がいないと荷物は来ないんだな・・・っと尊敬しました。マジですごいです。
到着後、友人を友人実家においてわが実家に帰宅しました。
家族の反応は、、動画に取っておけばよかったです、、、
俺「夜中にピンポーン!」
母「ど、どちらさまですか?」
俺「息子さまです」
家の中「がっちゃん!がたがた!はあああああ!」
玄関「ガチャ~」
母「やっぱり来たか~、あんたのことだから来ると思ってた」
俺(何!、、、先読みされてただと、、、)
母「こんな遅い時間に、飛行機?まさか車とかアホなことしてないよね、?」
俺「いえいえ車ですよ~!」
母(!!!物凄い勢いで玄関を飛び出る)
外から「バカじゃないのーーーーーーーー!!!!!」
俺「(・∀・)ニヤニヤ やってやったぜ、、、」
こんな感じで物凄い反応でした。親が腰抜けてしゃがんでるのを初めて見ました。
これは動画取っとけばよかったと思いました。
まあこんな感じで母親には物凄い反応されました。
ただし来ることは予想してたんですねw 母親には勝てないですねw
父親は「お~何日かかったん?」くらいの反応でした。
母曰く
「電話の調子からこいつ絶対帰ってくると分かった」
「鹿児島から車で来るのはいつかやると思ってた」
らしいです。
いや~楽しかったです
またやりたいですねw
今回は文字多め。過去の感想でした。
車は気力さえあればどこでも連れて行ってくれます。
(この為にオイル交換とか点検はしておきましたw)
皆さんもよければ挑戦してみては?
読んでくれてありがとうございます!
本日もよい日を!
気が向いたら帰宅編も書こうと思います。